「her / 世界でひとつの彼女」は、映画「グラビティー」同様、オリジナリティ溢れ
る作品の一つである。本作は、孤独な若者、セオドアが自宅に最新鋭のオペレーシ
ョンシステムを手に入れた事に端を発したラブストーリーである。何気なくその機
械に女性の声を話させた。そして彼はゆっくりと、しかし確実に、“彼女”に心奪
われてゆく。
最新鋭のその機器は、非常に高性能かつ洗練されたもので、人間さながらに彼の話
す一字一句に、そして彼の気持ちに的確に返答する事が出来る。故に初めはただ
ただ、飾らない会話が出来る事実に驚くしかないセオドアであった。彼のリビングに
ある大型ホログラムゲームの同様、彼の中で、彼女は単なる遊び道具という枠には
収まらない。(このような目を見張る最新技術が一般常識化した未来を舞台にした
ストーリーである)
しかしサマンサ(“彼女”は彼女自身をそう呼ぶ)がどれ程、可愛らしく、妖艶で、そ
して献身的でさえある事に気が付いた時、彼女への思いは止め処ないものとなり、
セオドアは交際相手の様に彼女と接し始める。一方、例えそれが肉体を持たない物
であったとしても、彼が愛すべき存在を求めているという事実を察したサマンサも
同様、彼を受け入れていく。
初めこそ、奇妙な関係を告白する事に躊躇したが、ついに彼は元妻と親友にその
事実を打ち明ける。元妻には鼻先であしらわれる一方、彼女自身もまた離婚後の孤
独な日々を“ハイテクな友人”と過ごしていた彼の親友は、ありのままを受け入れた。
フォアキン・フェニックスは、恋に落ちてしまった主人公セオドアを時に繊細に、時
に感情的に体現してくれた。素晴らしい俳優である。乱れた髪の毛に大きな眼鏡、
感情的な瞳に伸びすぎた髭という彼の外形は、運命に翻弄され、自己の不甲斐無
さに落胆し、仕事も恋愛も上手くいかない典型的なサラリーマン像である。
セオドアとサマンサの関係から視点が外れると作品のテンポが段々遅くなる。そし
て我々は思う。この二人の奇妙なロマンスを、そしてフェニックスの素晴らしいパ
フォーマンスをもっと見続けたいと。
エイミー・アダムズは、セオドアがいつも信頼を寄せる親しい友人を完璧に演じ
切っており、サマンサ役のスカーレット・ヨハンソンは声だけの出演にも関わらず
完全に主役を食ってしまった。
-冴 え な い 男 が 彼 女 に 恋 を し た こ と に 何 一 つ 疑 問 は 浮 か ば な い 。 そ れ 程 に 彼 女 の
声は美し過ぎる。-
感慨深く、また今まさにこの時代に即した本作は、非常に難しい問を我々に投げ
か け る 。 真 実 の 愛 を 手 に 入 れ る 為 に 、 傷 つ い た 心 を 癒 す 為 に 、 沈 み ゆ く 気 持 ち
を立ち直らす為に一体我々はどの程度まで行動するのだろう?そして、寂しさな
どは関係なく、我々は、機械と深遠なる、不変の信頼関係が築ける世界に迄辿り
着きつつあるのだろうか?
ジョーンズ監督(彼は本作で脚本も兼任している)にとって、この作品を所謂、味気
ないコメディーにしてしまう選択肢もあったのかもしれない。がしかし、彼はそうはし
なかった。本作は、可憐に演じられ、語られた、先の読めないラブストーリーである。
オスカー受賞の可能性も充分に有り得るだろう。
FILM REVIEW originally written in English by Stuart R. Brynien, New York
TRANSLATION to Japanese by Hiroya Matsumoto, New York